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■慢性痛は脳が作り出す防御機構 気にならなくすることが治療のゴール
東京慈恵会医科大学神経科学研究部教授 加藤総夫氏に聞く

東京慈恵会医科大学は昨年4月、文部科学省の支援を受け「痛み脳科学センター」を創設。全学を挙げて痛みの機構解明や治療法開発に取り組んでいる。センター長の加藤氏に、最新の脳科学研究から分かってきた慢性痛の脳内機構と治療の方向性を聞いた。

──「痛み脳科学センター」とは興味深いネーミングです。設立の経緯は?

 痛みは、ほとんど全ての臨床領域において患者さんの主要な訴えです。傷害や炎症は強い急性痛を引き起こし、警告信号として働きますが、慢性化した痛みは警告信号としての役割を果たさないばかりか、患者さんを苦しめ続けます。近年の研究から、この痛みの苦痛は脳の神経回路の働きによって生み出されることが明らかになってきました。痛みの苦痛に関わる脳内の神経回路が痛みの慢性化に伴って可塑的に変化し、苦痛を持続的に生じやすくすることがその本質的原因であることが分かってきました。

 私たちは脳科学の最新技術を用い、こうした痛みの脳内機構の解明と緩和方法の開発に取り組んできました。苦痛の緩和は本学が目指す全人的医療にとっても重要な課題であることから、先端医学推進拠点群の1つとして「痛みの苦痛緩和を目指した集学的脳医科学研究拠点」をつくることを決めました。それが文部科学省私立大学戦略的基盤形成支援事業に採択されたため、その支援を受けた研究を推進すべく立ち上げたのが「痛み脳科学センター」です。基礎・臨床医学講座の兼任メンバーからなる仮想的研究センターですが、私たち神経科学研究部が中核となり多岐にわたる分野の研究者が参画して多面的な痛み研究を推し進め、「痛みのわかる慈恵」として成果を痛みに苦しむ患者さんに還元できればと考えています。

──痛みが続くのは傷害や炎症が治らないからと考えがちですが、そうではないことが脳科学で分かってきた?

 組織が傷害されたり炎症を起こしたことを神経が知ることを「侵害受容」といいますが、侵害受容から中枢に信号が伝達されることと、脳が痛みを感じることは全く違うことが疼痛モデル動物やヒト脳機能画像化研究で明らかになってきました。動物実験では、扁桃体、前帯状回、一次体性感覚野、側坐核、前頭前皮質などで、慢性痛の成立に伴いシナプスが可塑的変化を起こすことが証明されています。

 また、腰痛患者群を1年以上追跡してfMRI撮像を続けた研究によれば、急性痛・亜急性痛では島皮質と視床、前帯状回の活動が亢進しましたが、慢性化に伴いこれらの活動は消失し、逆に扁桃体や前頭前皮質といった負情動関連領域の活動が亢進することが報告されています。これらの結果から、慢性痛は「長く続く急性痛」ではなく、急性痛とは独立した固有の神経系の活動状態に起因するものと考えられ、侵害受容系から情動系へのシフトが痛みの慢性化の本態である可能性が提唱されています。

──先生は特に慢性痛に伴う扁桃体の可塑性変化に注目されていますね。

 扁桃体は、恐怖学習、他者の恐怖表情の判断、他者との距離・視線判定などに関わっており、自分に及ぶかもしれない危機を判断する部位です。また、この部位を切除した症例では痛みをあまり感じない、痛みに危機意識を持たないことが報告されています。

 痛みの慢性化に伴い扁桃体が可塑性変化を起こすことは、個体が生存可能性を高めるための防御的恒常性維持機構でもあるわけです。慢性痛モデルでは扁桃体以外にも、分界条床核や前帯状回、側坐核など認知機能や情動に広く関与する脳内部位の関与が明らかにされています。

──個体にとっては生存危機の回避が何より重要ですから、痛みは脳内の様々な領域に影響を与えて各機能に優先してその回避を図ろうとする?

 そうですね。生物進化の過程を考えると、環境に適応して生存確率を上げた種が生き残ってきたわけです。高い優先度を持って痛みを処理し、適切な応答を引き起こすことにより個体の生命維持に貢献する神経回路は、進化の比較的早い段階で成立した機構と想像されます。

 一方、それは高い優先度で痛みが意識や情動に割り込むことによって日常生活の中での「苦しみ」を生じる、という機構でもあります。慢性痛の成立は、体全体が将来の有害性回避に備えた「警戒態勢」に入ったままの状態ともいえます。慢性痛の患者さんが「毎日普通に生活していても痛みのことばかり考えてしまう」と語るのはそういう理由からでしょう。逆に理学療法や薬物療法などで良くなった患者さんがよく口にする言葉が「痛みが気にならなくなりました」というものです。

 慢性痛の本態が脳の可塑的変化である以上、治療のゴールは痛みをなくすことではなく、痛みを「気にならなくする」ことではないでしょうか。「気にならなくする」とは言い換えると、日常生活の意識の最上位に割り込んでいる痛みの優先度を下げることです。その手段として、運動や理学療法、心理療法があるでしょうし、扁桃体をはじめ痛みの情報に関係するシナプス伝達の増強を弱める薬物治療も考えられるでしょう。既存薬でも例えば、扁桃体にはプレガバリンの結合部位が豊富にあることが知られています。

 また、痛みによる脳の可塑性変化をできるだけ進行させないためにも痛みの早期治療がより重要になるでしょう。このような「痛みの苦痛」生成機構の理解に基づき、慢性痛患者の「痛みの割り込み優先度を下げる」ことを目指した治療を期待したいですね。

                                            21世紀健康館 牧野

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